現場レポート
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加齢や生活習慣が原因で足腰の機能が衰え、歩行や日常生活に支障をきたしている状態のことを「ロコモティブシンドローム」といい、その大きな要因とされる「サルコペニア肥満」が注目されています。サルコペニア肥満とは、筋肉の量が減って体力や生活機能が低下した状態に肥満が加わったものです。では、変形性膝関節症と肥満はどのような関係があるのでしょうか。また人工関節置換手術後、ロコモティブシンドロームやサルコペニア肥満を防ぐにはどうすればよいのでしょうか。ご自身も定期的な運動で減量を成功させた岩崎安伸先生にお話を伺いました。
そもそも膝の痛みと体重には因果関係があるのでしょうか。膝の痛みにはいろいろな要因がありますが、私の病院でとったデータによると、国民健康調査の一般的な男女のBMI(肥満度を表すボディマス指数)と比べて、人工関節置換手術を受けた患者さんの数値のほうが高いという結果が出ました。
肥満だから膝に負担がかかって痛むのか、膝が痛くて動けないから肥満になるのか、どちらが先かはわかりません。ただ、確実なのは、膝の痛みによって動かせなくなったり歩行が困難になったりすると、筋力はどんどん衰えるということ。そして運動量が減れば肥満のリスクは高まるということです。
膝の痛みがない人でも、何も運動をしなければ30歳代から筋肉の量は毎年1%ずつ減っていくといわれています。この加齢に伴い骨格筋力が低下することをサルコペニアといいます。それに基礎代謝の低下、食べ過ぎや運動不足による肥満が合併した状態がサルコペニア肥満です。誰でも歳を取るにつれ、基礎代謝が落ちるので肥満になりやすいので、同時に骨格筋力も低下するのでサルコペニア肥満にもなりやすくなるのです。それが、内臓脂肪型肥満に高血圧や高血糖や脂質異常症などが合併したメタボリックシンドローム、足腰の機能が衰えるロコモティブシンドロームにつながっていくわけです。
膝の痛みを防ぐだけでなく、生活習慣病を予防するためにも、筋肉をつけて、太らないようにすることが大切なのですね。その通りです。膝の痛みで人工関節の手術が必要と思われる患者さんでも、筋トレや有酸素運動といったトレーニングをすることで手術をしないですむ方もいます。たとえ将来的に手術をするにしても、筋肉がついているから回復も早い。
ずっと元気で動けるのか、あるいはロコモティブシンドロームのように足腰の機能が低下して動けなくなるのかの判断材料として、歩行スピードがあります。老年医学の分野では、歩行スピードが速いほど元気度は高く、長生きの傾向があるといわれています。実際に昔と比べて歩行スピードは速くなっていますね。わたしの祖父母世代と親世代を見ていても元気度が違います。たとえば昔の65歳はいまの80歳以上の印象、つまりいまのほうが昔よりも20歳くらい若いですね。みんな歩くのが速い。しかしながら、それが遅くなって秒速0.8メートルほどになると、活動範囲が狭くなり、やがて要介護や寝たきりになる確率が高くなるといわれています。この秒速0.8メートルがひとつの目安です。
人工関節置換手術をした直後は当然、歩行スピードは遅いですが、リハビリをするとだんだん速く歩けるようになります。3カ月、半年もすれば、1秒間に1メートル、1.2メートルと歩けるように回復します。ただ残念ながら、医療の現場において保険制度でできることには限界があります。一定期間のリハビリを経たら、その後のトレーニングを医師や理学療法士がつきっきりでフォローすることはできません。ご本人の努力次第で、どんどんよくなるのか、そうでないのか、大きな差が出ます。
もちろんリハビリを続けてくださいと勧めますし、トレーニングができるフィットネスクラブや健康増進施設の利用も提案します。筋肉は負荷をかけなければすぐにもとに戻りますから、継続して運動を行うことが大事なのです。
岩崎先生ご自身もトレーニングで減量されたそうですが、どのようなことがきっかけですか?患者さんに「筋肉をつけるように」と勧める以上、自分も実際にやってみようと思ったからです。そして自分自身も、体力の低下を感じて健康に気をつけるようになったということもありますね。若い頃には健康について意識したこともなかったですが、やはり衰えを感じるようになって……鍛えようと。
筋肉量が増えると基礎代謝がアップし、インスリン感受性も高まるので、中性脂肪は減っていきます。筋トレと有酸素運動を組み合わせることで、肥満解消はより効率よく進みます。それを週2回。ウォーキングもよくします。1カ月に1kg減のペースで、12kgやせました。調子いいですよ。
高齢者で、しかも人工関節置換手術をされた場合、運動を続けていくことはむずかしいと感じる方も多いようですが、どうすればいいでしょうか。高齢であっても筋力トレーニングの効果があり、たとえ軽い負荷であっても筋肥大と筋力増強がみられることが、最近の研究では科学的に証明されています。
もちろん安全に行う事が重要で、無理なことはしません。問題は、どうすれば、ご本人が運動しようと行動に移し、続けていけるかということです。私のこれまでの患者さんで意欲的に運動をしようというケースは10%ほどでしょうか。多くの方は、手術をして痛みがとれたところがゴールになっているのかもしれません。
もしも退院した後、元気に動き回っているイメージ、スポーツや旅行を楽しんでいるイメージがなく、夢や理想といった目的がないままだとしたら、リハビリをしようと思わなくても不思議ではありません。手術した直後は、まだ不安が大きく、自信がないものですからね。少しずつ動けるようになるにつれて自信はついてきます。ですから、患者さんにその先の生活がどう変わっていくのか、そのビジョンを思い描いていただくことも、医師としての仕事ではないかと思っています。
人工関節を入れてゴルフができるようになった人は、ゴルフをできることがうれしいのであって、人工関節を入れたことがうれしいわけではないのです。手術後、リハビリを続けてアクティブに暮らしている方の事例が増えてどんどん紹介していけば、「じゃあ自分も」と、運動する人が増えるのではないかと期待しているところです。
それで岩崎先生は、講演などの活動もされているのですね。確かに目的があれば、運動も楽しく続けられそうですね。さきほどもお話したように、歩行能力が落ちてきたら、介護が近づき寿命が短くなることは数々の研究でわかってきています。反対に歩行能力が改善されれば、自分のやりたいことができる。行きたいところにも行ける。家族や友達と旅行もできる。孫のところにも行ける。つまり、移動能力が改善されることで、社会とのつながりができるわけです。仕事を続けられる人もいるでしょう。介護予防にもなっています。アクティブに自立した生活を送ることは、個人の人生が幸せで豊かになるだけでなく、社会全体の問題解決にもつながります。
介護を必要としない元気な人が増えれば、街全体、ひいては日本全体が元気になる。介護をする人、受ける人ともに仕事ができるようになれば生産性も高まります。その第一歩としてぜひ、運動を続けて筋力アップし、歩行能力を維持していただきたいですね。厚生労働大臣認定の運動型健康増進施設が全国に350ほどありますから、体力や膝の回復の具合を考慮してもらいながら無理のないメニューを考えてもらうと安心でしょう。運動を続けることのメリットは、高齢化が進むいま、40代のメタボやロコモ予備軍にも伝えたいことです。それと並行して、社会環境を整備することも大事ですし、健康寿命を延ばしてアクティブライフを送る人が増えていくこと、幸せに歳を重ねる「サクセスフルエイジング」をサポートすることも、医師としての重要な責務だと思っています。
元気に動けるシニア世代が多い社会、素敵ですね。きょうは貴重なお話をどうもありがとうございました。
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